2004-04-01から1ヶ月間の記事一覧
経穴とは脳に特定のシグナルを送るポイントである。経絡、経穴を開くことで、脳に適切なシグナルを送ることができるようになる。ここに身体と精神を結ぶシステムが構築される。
これは「歩くリズムを崩す」という点で、最も旧時代的な装置である。21世紀スタイルとされるビルが、実はバブルの発想に依っているに過ぎないことが象徴的に表れている。バブルの発想とは、環境と人とが乖離するところにある。
中国武術では、套路で全てが練られる。これが分からないと、套路の意義も見えなくなる。空手の問題点は、本来は違った体系の套路がひとつに練習されているところにある。こうなると身体をつくる套路の働きがうまく作用しなくなる。
日本の柔術では、手を取った状態から稽古を始める。これは攻防だけの視点から考えると、その合理性が分からない。身体つくりの全てが手を取った状態で行われるのであり、体系の全ての基盤がそこにあるのである。剣術では、剣を持った状態で、全ての身体つく…
所謂の「なんば」歩きの解釈が、おかしいことは既に指摘しているが、 乗馬の「常足」から詳細にその実態を研究している本も出ている。問題なのは「なんば」が、おかしいと感じられない身体感覚の鈍さにある。
今週、日本パイプクラブ連盟の新しい機関誌が届いた。亡き夫の思い出にライン河にパイプを鎮魂のために沈めた、という 良い話も出ていた。〜都内、タバコ店では無料で置いているところもある〜日本パイプクラブ連盟 http://www.pipeclub-jpn.com/
推手は、太極拳のそれが知られているが、あらゆる武術に存するものである。推手とは基本的な身法を会得するものである。形式に捉われた「押し合い」をのみしていると、かえって誤った身法になる可能性がある。
テレビ東京で日曜の夕方、放送している同番組の次回は「達人に学ぶ!実践!介護術」であるとのこと。こうした方向性は果たして好ましいものかどうか?!
メール・マガジンの既配信分を掲載した。道文も「書庫」に近々、まとめる予定である。
本来、道とは簡にして易なるものとされる。それは、全てがひとつの理論で統合されるからである。
また『方丈記』から。芸はこれ、つたなければ、人の耳を悦ばしめむとにもあらず。ひとりしらべ、ひとり詠じて、みずからこころをやしなふばかりなり。芸術教育、教養の重要性はここにある。
それにしても『方丈記』は何度、読んでも現代に通じる実に深い洞察に満ちているのに驚かされる。昔の優れた時代は為政者が「憐れみを以って国を治めていた」が、現在は乱れてしまっている、としている。まさに、今の日本に適合する!
ただ静かなるを望みとし、愁なきを楽びとす。隠者の心境をよく言い表している!
内なる違和感を感じられるようになれば、そこを足がかりに稽古を進めることが出来る。
「銅鐸」を聴く。演者の感性は全く現代人であるが、音は良い!ガムランなどと共通するものを感じる。
イラクでの人質解放の報を聞きながら 『太極拳秘冊』の最終稿をプリント・アウトする。イスラム教の聖職者は、 やはり「人物」である! と感じる。偉大なイスラム文化を今こそ見直すべき時なのであろう。
これだけ腰の強い人は松井秀喜くらいしかいないであろう。ジャンクはいくら集めてもジャンクに過ぎない。質の良いものを見る必要がある。
この人、腰がひじょうに強い!演劇評論家の渡辺保氏が地唄舞について、一年半の経験を以下のように語っている。腰で立つと意識が完全に自分の体の内向きになる足で立つと、立つということを足が意識する。しかし、腰で立つと、体の中で立つことを感じるだけ…
蟷螂拳は蟷螂捕蝉式が有名である。蟷螂手は親指と人差し指の開いた形が「用」の奥義を伝えるものである。三本の指をあわせるのは「体」の根本的な形である。
断たれているようで、断たれていない。連続していないようで、連続している。こうした相反するところに綿々不断の奥義がある。稽古の時間と、日常生活が逆転する。こうなると稽古の時間を飛躍的に増やすことができる。
惰性の如くに日々、稽古をする。惰性でも続いていれば、そうした中で変化のきっかけを掴むことが出来る。
「バッハ」を購入。音楽へディープにはまっている。空海の「五大皆、響きあり」という感じが分かるように思われる。また惑星の音階という西洋中世あたりの神秘思想も面白い。
これをよく読むと弥次、喜多は同性愛の関係にあって、伊勢参りは現実からの逃避行であったことが分かる。一時期「ほんとは怖い〜」というのが流行ったが、 今度は「ほんとはやばい〜」とか出すのも良いかも。古い日本随筆大成の馬琴の随筆には伏字の箇所があ…
「華連出版」版の「太極拳の源流」には、『陰陽八盤拳』を信じて董海川が八卦を作ったように言うのは不遜である、としている。この部分は唐豪の本の紹介を持って来たものらしく、書いた人の名は削られている。
『太極拳秘冊』第3稿が大詰めのため「メール・マガジン」はお休みに!これで内容としては、ほぼ完成となる。3Dの波の立体音が流れる部屋で執筆を続けた。
秘密結社で伝えられたとされる洞経音楽には深い感動がある。女子十二楽坊には、うまさはあるが深さはない。技巧を越えるものがないからであろろう。書家の書が全く面白くないのと同じ。グレゴリオ聖歌にも、深さがある。
『太極拳秘冊』第2稿が完成。400字で700枚にもなっていた!第1稿段階では鄭曼青の翻訳をそのまま使う予定であったが、より論旨を鮮明にするため、全面改稿!相当、削ったので第1稿は1000枚くらいあったかもしれない。太極拳研究25年の集大成!
ビデオ「会津八一〜書と歌の世界〜」を見る。会津の学規には、学芸を以って性を養ふべし 日々新面目あるべしとあったという。
眠っていた古いPDAが、MP3プレーヤーとして復活!意外に使える!
はた目にはヒットでも何でもない凡打だったらしいが、イチローはその感触から新しいレベルに上ったらしい。それを強く記憶しているという。結局、こういうことなんだね!